Recalibration™

「どこに?」

Recalibration tunes presence.

— 別の視点は、その2. —

MUS(医学的に説明のつかない身体症状)の変遷と、感覚調律への架け橋

「ヒステリー」から「MUS」への概念の変遷

前頁で取り上げたPPPD(持続性知覚性姿勢誘発めまい)のように、精密な検査を行っても目に見える構造的異常(ハードウェアの故障)が特定できない身体の不調は、めまい領域に限らず、医療のあらゆる現場(胸痛、頭痛、腹部症状、慢性疲労など)に広く存在しています。

歴史的に、こうした症状はかつて「ヒステリー」や「転換症状」「心身症」「身体化(somatisation)」、あるいは「心因性(気のせい)」といった曖昧な言葉で片付けられがちでした。

しかし1990年代後半以降、英米の総合診療(プライマリ・ケア)やリエゾン精神医学を中心に、MUS(Medically Unexplained Symptoms:医学的に説明のつかない身体症状)というTerminology(医学用語・概念)として整理が進められてきました。

さらに2017年には、米国国立医学図書館の標準検索語(MeSH)にも「Medically Unexplained Symptoms」が正式に導入され、近年の分類では「Persistent Physical Symptoms(持続性身体症状)」や「Functional Symptoms(機能性症状)」、「身体症状症」など、患者の身体的な苦痛そのものを正しく位置付けようとする学術的な試みが継続しています。

「ゴミ箱診断」という批判と、置き去りにされる感覚

しかし一方で、医学文献や臨床の現場においては、このMUSという範疇が「特定の病名がつかない症状を便宜的に放り込んで処理する『ゴミ箱(wastebasket diagnosis / dustbin)』になっているのではないか」という批判や議論も絶えません。

一般社会や日常の診療現場において、未だに「ヒステリー」や「気のせい」「ストレスのせい」といった古い言説で処理されてしまう現実も残されています。

精密検査で「異常なし」と言われた際、「医学的に説明がつかない」というラベルを貼られることは、患者さんにとって時に「自分の症状は理解されていない」「ゴミ箱に分類されて本気にされていない」という強い孤独感や無力感をもたらしてしまうことがあります。

Recalibration™が果たす「架け橋」としての可能性

医学的な診断だけでは、日々の生活の中で本人が感じている身体感覚をすべて言い尽くせないことがあります。
これは現代医療の限界や手落ちを意味するものではなく、「構造異常(壊れ)」と「機能的知覚(揺らぎ)」という領域の違いに起因するものです。

Recalibration™は、MUSや持続する身体症状という言葉をそのまま提示してラベルを貼り、どこかのカテゴリーへ放り込むような処理をするものではありません。

「医学的診断とご自身の身体感覚との間に生じた隙間」を、医療から離れず、また不確かな心理的説明で急いで埋めようともせず、ただ静かに見直していくための視点です。

原因を外部のストレスに押し付けたり、心因的な物語で捏造したりする(内部・外部バイアスを深める)のではなく、ご自身の知性と感性によって身体内部のフィードバック機構(重力感や視線)に意識を戻すこと。

MUSという疾患群診断名称にいたる歴史的背景が提示してくれた問いと、一人ひとりの自律的な身体安定との間に、優しく柔らかな「架け橋(橋渡し)」を架けることこそが、Recalibration™の目指す姿なのです。

次頁では、外側の揺れを追い続けるのではなく、ご自身の正面と足元へ注意を戻すという考え方を、フーコーの振り子という比喩を通じてご説明します。