Recalibration™
「どこで?」
Recalibration tunes presence.
— 別の視点から、その1. —
PPPD(持続性知覚性姿勢誘発めまい)を手がかりに
— 感覚の重みづけと姿勢制御を考える —
めまいを「何もない」としないために
現代医療は、CTやMRIなどの画像診断や平衡機能検査を含むさまざまな検査によって、脳、耳、循環器などの病気を見つけ、人々の命と健康を守る重要な役割を果たしています。
臨床医としての長年の経験からも、この医療の進歩には深い敬意を抱いています。
その一方で、画像検査で明らかな構造異常が見つからない場合にも、めまいや不安定感が、歩くこと、食事をとること、外出することなどを難しくし、その方の生活を大きく損なうことがあります。
臨床上の原点
提唱者には、35年以上前、激しいめまいと嘔吐のために歩行や食事も難しくなった患者さんと向き合った、忘れがたい臨床経験があります。
当時の情報を現在の診断基準に当てはめ、その方をPPPDと遡及的に診断することはできません。
また、この経験を、PPPDやRecalibration™の医学的有効性を示す根拠として用いるものでもありません。
しかし、患者さんが訴えるめまいを軽く扱わないこと。
画像所見の有無だけで、その方の苦しみを判断しないこと。
そして、診断名だけで患者さんの経験を閉じないこと。
その姿勢は、現在まで続く臨床的な原点の一つです。
2017年に示された新しい共通言語
PPPDは、持続性知覚性姿勢誘発めまい、英語では
Persistent Postural-Perceptual Dizziness
と呼ばれる慢性の機能性前庭疾患です。
浮遊感、不安定感、非回転性のめまいなどが三か月以上、多くの日にわたって続き、
・立っていること
・身体を動かすことや、乗り物などで動かされること
・動くものや複雑な視覚刺激を見ること
によって症状が強くなることを特徴とします。
PPPDという名称と国際的な診断基準が公表されたのは、2017年です。
ただし、このような症状が2017年に初めて現れたわけではありません。それ以前から、恐怖性姿勢めまい、視覚性めまい、慢性主観性めまいなど、重なり合う状態が異なる名称で記述されていました。
PPPDの基準は、それまでの約30年間の研究と臨床経験を検討し、専門家の合意によって一つの診断枠組みにまとめたものです。名称は新しくても、患者さんが経験してきた症状そのものは新しくありません。
この共通言語が生まれたことには、大きな意義があります。
画像検査だけでは十分に説明できない不安定感についても、「何もない」と切り捨てず、医学の対象として受け止め、研究し、支援を考えるための道が開かれたからです。
診断名がついたことは前進です。
しかし、診断名がついたことと、その方の問題が解けたことは同じではありません。
診断基準の意義と、なお残る問い
PPPDの診断は、主として症状の内容と経過を詳しく確認することによって行われます。
PPPDだけに特有といえる身体所見、検査値、画像所見は、現在のところありません。
その一方で、
「検査で異常が見つからなかったからPPPDである」
と判断する除外診断でもありません。
診察や検査は、別の病気、発症のきっかけとなった病気、または併存する病気を確認するためにも必要です。
診断基準は、臨床と研究に共通の言葉を持つために必要な区切りです。
しかし、その区切りが、人の身体感覚の中に、初めから明瞭な一本の境界線として存在していたということではありません。
基準をわずかに満たさない方に、何も問題がないとは限りません。
反対に、基準を満たしたからといって、その方の症状が生じ、持続している仕組みが、すべて説明されたことにもなりません。
・分類できたこと。
・病態を説明できたこと。
・その方に適した支援を定められたこと。
これらは、それぞれ別の段階です。
PPPDが一つの共通した仕組みを持つ病態なのか、異なる仕組みから似た症状に至る複数の状態を含むのかについても、診断基準の原著は未解決の問いとして残しています。
感覚の重みづけという問い
人が姿勢を保つためには、視覚、前庭感覚、足裏・筋肉・関節などからの体性感覚が組み合わされています。
また、周囲の明るさ、足元の状態、身体の動き、視覚環境などに応じて、どの情報をどの程度利用するかも変化します。
PPPDをめぐる研究では、姿勢制御、多感覚情報の処理、空間認識、注意や脅威の評価などの機能的な変化が、症状の成立や持続に関わる可能性が検討されています。
ただし、その仕組みが一つに定まっているわけではありません。
ここでいう「感覚の重みづけ」は、すべての患者さんを一つの仕組みで説明する答えではありません。
視覚、前庭感覚、体性感覚などが、その方の姿勢や安定感にどのように関わっているのかを考えるための、一つの問いです。
診断できることと、支援が定まることの間
PPPDに対しては、前庭リハビリテーション、認知行動療法、患者教育、薬物療法など、複数の治療や支援が実際に用いられています。
それらによって症状や生活上の支障が軽減する方もいます。
しかし、どのような方に、どの方法を、どの順序と組み合わせで行うのが適切かについては、現在も研究が続いています。
2023年のCochraneレビューでは、厳格なPPPD診断基準と一定期間以上の追跡を求めると、薬物療法について採用できる比較試験はなく、非薬物療法についても適格な試験はごく限られていました。2026年のネットワーク・メタ解析では研究数は増えたものの、PPPDに相当するとされた関連病態も含まれ、11試験518人という規模で、多くの研究に高いバイアスリスクがあり、エビデンスの質は低~中等度と評価されています。
したがって、
治療法が何もない
ということではありません。
同時に、
診断がつけば、すべての方に共通する最適な治療が自動的に決まる
という段階でもありません。
診断後の理解と支援は、現在も発展の途中にあります。
Recalibration™との関係
Recalibration™は、PPPDの診断基準を否定するものではありません。
また、PPPDを診断または治療する方法でもありません。
PPPDという診断概念によって、Recalibration™の医学的有効性が証明されたと説明するものでもありません。
Recalibration™が、医学の未解決部分を、別の断定によって埋めようとするものでもありません。
PPPDをめぐる医学的検討が示しているのは、明らかな構造異常の有無だけでは捉えきれない不安定感について、視覚、前庭感覚、体性感覚、姿勢、注意、予測などを含めて、多面的に考える必要があるということです。
Recalibration™では、その問いを、ご自身の日常の身体感覚へ引き寄せて考えます。
感じていることを直ちに異常と決めつけないこと。
しかし、明らかな構造異常が見つからないという理由だけで、「何もない」と切り捨てないこと。
必要な医学的評価を受けながら、ご自身が今どのように身体を感じているのかを、判断を急がず見直してみること。
診断名によって問題を閉じるのではなく、その診断名によって見えてきた問いを、なお開いたまま考えてみる。
PPPDは、そのための一つの重要な手がかりです。
次頁では、MUS(医学的に説明のつかない身体症状)の変遷を紹介します。これは、あなたの「こころ」を大切に、そして、あなたの「感覚」を大切にする、という姿勢からの最新の脳神経の疾患への視点です。